清里のペンション感覚? 今はねえ、ラヴ・ホテルの時代なんだよ

「ラヴ・ホテルについて、考察を加えてみるべきだよ」

同じ『朝日ジャーナル』で「都市の遊び方」を連載している私のところに、田中康夫さんから電話がかかってきました。

「えっ、ラヴ・ホテルですか」

「だめだなあ、そんなんじゃ。今はねえ、ラヴ・ホテルの時代なんだよ、ラヴ・ホテルの」

結構、興奮しています。でも、彼のイメージというのは、「都市ホテルが、イッチャンに新しい」って感じですものね。なんだか、不思議です。

「とにかく、午後一番に車でラヴ・ホテル巡りをしてみましょう。連れて行ってあげるから」

最初に連れて行ってくれたのは、渋谷の大坂上にある、ホテル1983でした。ここなら、名前くらい、知っています。公園通りの裏手にあるナンバー2というホテル同様、ペンション感覚のラヴ・ホテルとして大当たりをしたのだそうです。中に入ってみました。

ひとつひとつの部屋の中を撮った写真がパネルになって、入り口のドアを入ったところにドカーンと掲げてあります。それぞれの部屋の写真の下に赤い色をしたボタンがついています。

「試しに、どれかひとつ、ボタンを押してごらんなさい」

田中さんに言われて、303号室のボタンを押してみました。すると、パネルの下のほうに、コロンとキーが出てきました。303号室のボタンは、赤いランプが消えて、くすんだ色になっています。

「フーン、よく出来ているのね」

「ちょっと、部屋の中を見てみますか?」

エレベーターに乗って、三階で下りました。ベージュ色のカーペットが敷き詰められた廊下には、ところどころ、観葉植物が置いてあります。白いペイントで塗られた木のドアには、「303」と押印《おういん》された金属製のプレートがついていました。まさに、清里で高原牛乳を飲んでいる女の子が喜びそう。

ドアを開けてみました。

「ウワーッ、グラビア雑誌っぽい」

本当に、ここがラヴ・ホテルなのかしら。ラタンのソファとテーブルが置かれ、丸井のインテリア館にでもありそうなベッド。毛布をシーツでくるんで、という、都市ホテル式ではないものの、お布団《ふとん》はシェルピンク色。品のいい白いカバーもついてます。会計は、エア・シューターがついていて、従業員の人と目を合わせずに済みます。

「こんなので感心していちゃ、駄目《だめ》ですよ。今や、1983は、ごくごく普通のファッションしたカップルが歩いてやって来るホテルですから。昔は、ベンツやBMWで来る人も多かったんですけれどね」

新横浜駅前に1984、フェリス女学院の近くに1985という、ロゴ・タイプもそっくりのラヴ・ホテルを経営する人まで現れたくらいに、若者の心を捉《とら》えたこのホテルは、なんと、ファッション・メーカーのビギが経営しているのだとか。

池尻《いけじり》ランプから首都高速に入って、東名の横浜インターで下りました。連れて行ってくれたのは、ホテル・ファッション。ここも、1983同様に、ペンション感覚でした。東名横浜インターといえば、大きな客船の形をした外観の、クイーン・エリザベス石庭のイメージが強いのだけれど。

「ギラギラのラヴ・ホテルは、時代遅れですよ。カジュアル感覚でセックスを楽しむ若者が多いんだもの。恥ずかしさなんて、みじんもないんだよ。だって、ほら、待合室に二組、カップルが待ってるじゃない」

おかしいわ、外には空室のランプが出ていたのにな。でも、ビデオ・スクリーンの備え付けられた待合室があるなんて。二、三組、待っているくらいなら、満室のランプにはしないみたい。さらにビックリしたことには、今、ここで知り合ったばかりのカップルが、ペチャクチャ、おしゃべり。本当に、カジュアル感覚。

「ここのホテルは、部屋の名前が、クレージュの間、ディオールの間という具合に、ブランド名なんですよ。スカGの中古とか、ディズニーランドのステッカーを貼《は》ってやって来る普通のカップルも、その手のブランドを知ってる時代になったんだよね」

ちょっぴり、自慢気に田中さんは喋《しやべ》ります。彼の功績だわ。

「でも、ゲラルディーニとかハンティング・ワールドってのは、ないんだよ。まだ、その辺りまでは、一般的になってないってことかな」

続いて、彼が一番のお勧めだという第三京浜港北インターのHOPSへ行きました。四月の末に出来たばかりだというのに、ここも待合室に三組、キャピキャピのカップルがいました。『コットン・クラブ』が大きな画面に映っています。

「まだ、夕方の四時なのに、どうして、こんなにいるのかしら?」

私がびっくりすると、「なんにも、わかっていないんだね」という感じで、「土曜日なんて、午後一時から、東名横浜インターや新横浜駅前のホテルに車の行列だよ。週末の夜は、もちろん、一軒残らず、満室」と教えてくれました。

HOPSは、お部屋の床が板張りでした。ベッドも、オーキッド・ピンク色のカバーがかかっています。各種のヒット・チャートから中国の音楽、雷の音まで三二〇チャンネルの有線放送も入ってます。そうして、ブラインド式になったベッド・カバーと同じ色のカーテンを上げると、第三京浜を走る車と鶴見《つるみ》川ののどかなせせらぎが不思議なミス・マッチ感覚で眺《なが》められます。

「明るいんですね」

「でしょ」

本当は、どうして今、ラヴ・ホテルがオッシャレーなのか、そこのとこを彼にじっくり語ってもらうつもりでしたが、枚数が足りません。来週、きちんと、分析してくれるそうです。

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