“理念なき雑誌”にあるのはクサい修身
「雑誌としての理念? そんなもの、ありませんね」『フライデー』副編集長の高橋忠義氏は、そう言いました。去年の一一月五日、よく晴れた日の午後のことです。ちょうど、一カ月前、一〇月五日の夜に開かれた有楽町西武のオープニング・パーティーでカメラマンが撮ったという、ある女の子と僕《ぼく》が一緒のエレベーターに乗っている写真をめぐって、デスクの武田一美氏も加えて三人、会っていたのです。「新しいタイプの写真雑誌を出されるとおっしゃいましたね。じゃあ、どのような理念をお持ちなんですか?」。冒頭の高橋氏の発言は、こうした僕の質問に答えたものでした。
「『なんとなく、クリスタル』に出ているお店に、写真を持って出かけては聞いてみたんです」。一緒にいた女の子が誰《だれ》であるかを突きとめるため、女性記者が二人、三年半前に出た本を片手に、一カ月近く、調べ歩いたのだとか。東販と日販のコンピューターは、『たまらなく、アーベイン』や『葉山海岸通り』などを、文京区音羽地区へ配本するのを忘れていたのかもしれません。「どこのお店の人も、口が固くてね。なかなか、わかりませんでしたよ」。武田氏は、取材の苦労話を語ってくれました。「だから、田中さんの恋人発覚、って感じで、ぜひ、やりたいんですよ」。
けれども、僕がエレベーターで一緒だった女の子は、当時、既に別れていた、昔のガールフレンドでした。東京女学館の短大を卒業した後、ファッション関係の会社に勤めていた彼女は、その会社のブチックが西武の中に出ていたからか、同僚たちとパーティーへやって来ていたのです。『MRハイファッション』の編集長と二人で来ていた僕は、久しぶりに再会した彼女と、ごく自然の成り行きで一緒に店内を見て回ることになりました。
当時、付き合っていたのは、慶応義塾《ぎじゆく》大学出身の日本航空のスチュワーデスでした。「写真の女の子とは、もう別れてます」。そう言うと、高橋氏は、「じゃあ、今の恋人と一緒のところを、隠し撮り風にお願いしますよ」。もちろん、その提案を僕は断りました。
自ら“理念なき雑誌”なる“理念”を標榜《ひようぼう》して創刊された『フライデー』編集部は、翌週、金曜日に発売した第二号に有楽町西武での写真を掲載しました。昔のガールフレンドの顔がはっきりとわかる写真を、です。前の週の『フォーカス』が、瀬古選手がお見合いした何人かの女性をスクープした写真を掲載した際、彼女たちの顔がわからないように処理した上で発売したのと、それは大きな違いでした。“理念なき雑誌”は、事実誤認を承知の上で僕の昔のガールフレンドを現在の“恋人”であると紹介したのです。隅《すみ》の方には、カンビールを片手に持った文化出版局の件《くだん》の編集長も一緒に写ってました。
半年近くが過ぎた6月14日号の『フライデー』は、「山城新伍が美人OLと“不倫”バレて……」なる記事を掲載しました。第一期オールナイターズの一人だった二二歳の女の子と山城新伍氏が熱愛中であるという内容です。日本女子大を今年卒業した彼女は、僕の友人と付き合ってたこともあります。ですから、僕のまわりにいる、夜の六本木でメジャーに遊んでいる大学生たちとは、全然、コネクションのない地味めな子ばかりだったオールナイターズの中で、珍しい存在でした。
ところで、同じ日に発売になった『フォーカス』も、「山城新伍の大阪『深夜デート』」と題した、ほぼ同じ文章内容の記事を掲載しています。けれども、その写真は全く異なるのです。『フォーカス』は、深夜、ホテル日航大阪二一階エレベーターホールでの二人一緒の写真です。動かぬ証拠です。山城氏本人の弁明も載っています。
一方、『フォーカス』のスクープを知ってから取材を開始したらしい『フライデー』は、TV出演中の彼と、出勤途中の彼女を撮った、別々の写真です。本人への取材はなく、代わりに、関係者と称する匿名《とくめい》のコメントが載っています。写真雑誌のはずなのに、証拠写真はありません。文章も伝聞推定からなるものです。幸いにして、事実に基づく記事を掲載した『フォーカス』が同じ日に出たから、読者は「なるほど」と理解出来たのです。
けれども、オールナイターズから市井《しせい》の人に戻《もど》った彼女を、綿密に取材した『フォーカス』は匿名としたのに対して、首から上だけを三原順子の写真と合成して販売したビニ本と同じレベルの、安易な作業で商品を作り上げた『フライデー』は、実名を載せました。
その昔、戦場へ送る慰問袋に『少年倶楽部《クラブ》』を独占的に入れることで、講談社は大きくなりました。少しずつキナ臭い状況になりつつある昨今の日本は、『フライデー』や『ペントハウス』を慰問袋に詰めるのでしょうか?
「これじゃあ、いくら、今度はコーラが飲める戦争だとは言っても、モラールがなくなっちゃうな」。そう思いながら『フライデー』のページをめくると、そこには、広島カープの高橋慶彦《よしひこ》選手とセックスをしたという成城短大の女の子の写真が載っていました。
『フライデー』が旅費を負担した見返りに、名古屋で“不倫写真”を撮らせた、有名人を追いかけるグルーピーの一人である彼女は、我らが『朝日ジャーナル』の兄弟というには、いささか腹違いの感もある『週刊朝日』6月7日号のインタビューで、「健気《けなげ》に耐えていると書いてくださいね」と答えているのです。
けれども、『フライデー』の反対ページには、「ファン、それも一〇代の女性と、いとも安易に『関係』を結ぶような実態は見逃せない。(中略)本誌はこういうプロ野球界の『甘え』に一石を投じ、反省を求めたつもりである」という、故市川房枝女史ですら言えないであろうクサい内容の文章が載っていました。“理念なき雑誌”は、その独特の平衡感覚で、下半身を煽情《せんじよう》するページと並んで、修身のページまで設けていたのです。有事ともなれば、安心して慰問袋に入れられる雑誌を作れるだけの気くばりが、まだまだ大日本雄弁会講談社には健在なのでしょう。
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